Nagi brewing

A quiet place where yeast breathes.

  • Hereという映画をみたよ

    https://here-movie.jp/



    人生は本当に思い通りにはいかない










    それが 人生の残酷さで 美しさだね
    私は 私を生きるしかないんだよね〜って 思った









    お給料は上がらないんだ
    リチャードがどんなに会社に尽くしても
    リチャードは自分のお給料を決めることができない
    マーガレットが海外に行きたくても 自分のお家が欲しくても
    娘のロースクールのために




    あまりに現実で 苦しくて
    平凡の中の 数々のドラマ

    誰もが自分の人生の主人公だよ

  • The world is doing this to you.

    わたしは常に、この言葉を心に持っています。
    いいことも悪いことも、自分が意識して選択しているから起こったことだと思うのです。



    何か起きた時、それがいいことでも悪いことでも、
    私は、それはきっと私だから起こったんだ、と思います。

  • 想像は自由だったね



    目の前に大金があったら何をするだろう?
    私とお話ししていたその人は  5000兆円と言いました

    5000兆円なんてないよ
    私はhahahaと言いました


    でもお家に帰った後に
    想像できないものは現実にならない って思いました




    スポーツでも
    仕事でも 恋愛でも
    できると思ったことはできたなぁ と思いました








    しばらく 無理だって決めつけちゃっていたことがあるなぁ
    もう一回 やってみようって思ったんだ



    ありがとう 5000兆円の人

  • 地球って広いはずなのにさ なかなか一人になれないよね

    一人で食べているようで
    一人じゃないのかもしれない



    一人にはなれないんだ 社会的生物だから
    繋がりすぎるせいで 自分に意識が向かなくなる




    不安だから 外の景色を見るために旅行に行ったり 誰かの書いた自己啓発本を読んだり SNS見たり 憧れを追いかけたりする とにかく外へ 外へ意識の向くように作られている社会だから










    でもね ポートレート撮影には
    自分自身に意識が向く時間があるよ










    ポートレート撮影って「今」なの 今でしかない
    どれだけ今を大事にしていなかったかってことに気づいたんだ








    そんな稀有な経験が 他でできないから
    ポートレート撮影っていいんだよ〜ってことを知ってもらいたいな














    写真を見た時
    あ 過去だ って思った

    「あの時の今を 大事にした過去だ」って思ったの

    そうゆう時間を積み重ねたいな これからも

  • 30をすぎてから
    人の顔に「何か」が見えるようになった



    Sydneyに行った気分になる Flat white





    子供の頃は「相手の顔」を見ていたんだ 相手の画面をスクリーンショットしたような 表面上の その人のパーツとしての「顔」
    あとは「顔色」をうかがっていた 怒っているのか 悲しいのか 相手の今の感情を顔から知ろうとする 探っていた




    30を過ぎてから
    顔に「滲み出ているもの」がなんとなく見えるようになった
    それは 苦労の経験とか 悲しみの先だったり 背負っている責任だったり 優しさ その人そのものが 放たれていたんだ なんで子供の頃は見えなかったんだろう?


    特にわかるようになったのは 顔は笑っていないんだけど心が笑っていたり すごく深くて優しい愛情
    そうか 愛って言わなくても伝わるんだ っていう大切なことがわかるようになった







    若い頃はさ〜
    愛してるって言ってよ!!!って言ってたよ!笑
    それはさ 愛じゃなかったんだ






    顔って 表情って
    目って 眼差しって
    言語って 声って


    全然違うね
    学校では教わらない 大切なこと














































    写真にうつるかなぁ?って思ったんだ



    (その1とその2も読んでくれてありがとう)

  • 撮影のモデルって モデルさん がやるって思っていたんだ
    カメラの被写体になる人が決まっているんじゃないかって



    「うつるに値する人」っていうのがいる と思っていたんだ







    モデルになれるんだよ

    モデルになってみたいって 自分自身が望むのならば










    例えば 私は英語ができないとか
    私にはできない 私は値しない 私は 

    そうやって決めつけているのは 自分かもしれないよ














    なりたいものになろう 勝手に名乗ってしまおう
    私は モデルっていうことをしてみて 自分にはできないと思っていたことを経験したら 自分にできそうなことが 少し見えたような気がしたよ







    誰かに できないかもしれなかったことのきっかけをくれたり できるかもしれないって 少し背中を押して実感を与える仕事って すごくかっこいいね

  • 写真を撮ってもらう機会ってあるよね 例えば集合写真 カメラを向けられたら 笑顔っぽい顔をしてさ うつる準備をする わたしはいつも 手をどうしたらいいのかわからなくなって とりあえずのピースをしておく 「社会」にはまりにいくんだ 型みたいな 枠みたいな 模範解答のような そうしておけばいいルールに従うんだよ






    ポートレート撮影も 写真を撮ることだって思うでしょう? 




    あのね ポートレート撮影の醍醐味は 写真を撮ってもらうことじゃないんだ 「自分を直視する」ということだよ










    すごく不思議な時間なんだ
    私は 私なんだ って思う時間だよ



    カメラを持ったカメラマンさんが鏡みたいになってくれて
    わたしは いつものわたしより わたしっぽくなる
    時が止まるんだよ 進んでいるはずなのにね







    私は弱い人間だから 自分から逃げたくなることも結構あるんだけど ポートレート撮影を通じて 私は私から逃れられないことを知る 厳しくも優しい事実をそこで目の当たりにする

    自分を直視するのは少し勇気が要るよ それは 世の中の大抵の事は知りえないし 自分一人じゃ大したこともできない そしてその「大した」が誰かとの比較によりうまれたもので その比較の世界で暮らしながら自分の座標を捉えること それが果てしなく難しいことを知ることだから





    ポートレート撮影をして
    わたしはわたしをしようっておもったんだ!
    自分の人生というドラマの 主人公だね












    おもしろいよ
    ぜんぶうつっちゃうんだよ!
    ここには私がいる

    うおお!私ってば!こんなにかっこいいのに!
    フーディーの紐が非対称!笑
  • なんでもググればわかる時代なんだ
    知ることに情熱的になるのが難しい時代に突入していると思うよ

    だって すぐ知れちゃうんだから
    ビンチョウマグロがなんで白いかも AIが教えてくれちゃったよ 教科書や参考書で「調べる」ことも奪われた 




    でもさ 思うってことは 私にしかできないと思うよ 熱いって感じることも 私の感性にしかできない だから 感性は 奪われないんじゃないかって思う








    英語の勉強をしている 毎朝4時に起きて
    単語を覚えると忘れる 覚えても覚えても忘れる 覚えると他のを忘れちゃうんだ

    Chat GPTもGoogle translateも正確だよ
    でもね 私 英語はずっと続けると思う 話したい人がいるの いつか もう一度会って 最初に会った時に感じたことを もっと正確に伝えたいから






    私の感性を伝えるのは 私にしかできないんだよな〜

    感性を言葉にしたいって言う気持ちと
    世界のどこかで分かり合える人がいるかも知れないって思うんだ


    明日も4:00に起きるよ おやすみなさい

  • サーフィンって 気持ちがすごく大事なんだ
    一度巻かれて怖いって思うと もうその日はダメで
    私は乗れる!!!って思うと 波をキャッチできる確率が上がるんだ



    乗れるかもしれない もダメなんだ
    「かもしれないパドル」をしちゃうから そんなパドルじゃ波は待ってくれない

    ぜったいに乗るんだ!って強い気持ちがあるから 乗れるんだよね





    スポーツだけじゃないと思ったんだ

    「私はできる」って思うことが 大事かもしれないってこと

  • お直しに出していた包丁が届いたよ
    わたしの包丁は 鳥取県にいる大塚さんが作ってくれたものです
    ヤマザクラなんだ かっこいいでしょう




    https://chizukankou-kurashiya.jp/goods/reading/01/

    (大塚さんの記事です)




    お直しに出したらお手紙もはいっていました
    お手紙を読んだら 私が伝えたかったことが届いていることが分かりました 言っていないんだよ 伝わったの



    私は モノを通じて 会話ができることを知りました

    嬉しいね 「わたしは言わなくても伝わる」が大好き











    わたしは 大塚さんを 包丁のお医者さんだなっておもったんだ
    モノにもお医者さんがいるんだ モノを見て モノが分かるみたいだ







    かっこいいなぁ 
    かっこいいね



    モノっていいねぇ
    モノって素晴らしいねぇ




    モノづくりって いいね
    モノから伝わるね 伝えられるね

  • わたしは普段、お水とお米をインターネットで購入します。
    お水は鹿児島県産のアルカリ性の温泉水、お米は山形県のとある農家さんのつや姫で、これらの食材はしばらく私の一部になってくれています。とっても感謝をしています。

    今日は、お水とお米の話ではなく、物流について真剣に考えたいと思いました。

    わたしは鹿児島県からも山形県からも遠くに住んでいるので、物流にお世話になっています。インターネットでお水とお米を注文しました。





    まず、お米20kgを届けてくれたのは、おじいちゃんでした。おじいちゃんというのも失礼ですが、わたしのパパよりは年上そうでした。おじいちゃんから手渡しで20kgのお米を受け取ったとき、重みを感じました。
    スーパーから5kgを持って帰るのにも大変なのに、20kgをもってうちのマンションの階段をあがってくれました。うちのマンションにはエレベーターがないのです。


    お水のお兄さんはもっと大変でした。2l×6本×4箱の48kgです。受け取ったとき、ものすごい重みを感じました。お兄さんはこれを一度に運んできました。エントランスの都合上、一度往復するともう一度インターフォンを押さないといけないから頑張ってくれました。階段をもう一度上がるのが面倒と思ったかもしれません。


    わたしは「運ばれた」お水とお米の重みを、心で感じとりました。わたしの家に届くまでに、たくさんのひととフォークリフトが「運んでくれた」のです。わたしは、注文する責任を感じ、そこでうまれた労働について思いを馳せました。目を閉じて、ありがとう、と言いました。







    モノと自分との出会いは、

    自分が「動く」か、モノが「運ばれるか」、の二択だということを、覚えておこう、と思います。

  • コンビニエンスストアや食サブスクリプション、ウーバーイーツがうまれ、空腹を満たす、栄養素を補う、など「食の道具化」が進んでいるように思います。

    それに加えて、モバイルオーダーというものがうまれました。人は待つことなくほしいものが手に入るようになりました。作り手のみならず、レジのお兄さんお姉さんとのコミュニケーションもなくなってしまっているのです。







    だけど、愛を教えてくれるレストランがあります。

    逗子にある「Katsu’s」というレストラン。逗子でも駅の近くのにぎやかなところでなく、すごーく奥まった、静かなところにあります。赤い看板が目印です。



    現金ONLYです お気をつけて






    食べる全ての料理から愛が伝わります。




    できれば、「とびっきりおいしいトマト」のメニューを試してみてください。わたしは自分の人生で、Katsu’sで出てくるトマトよりおいしいトマトをまだ知りません。


    アラビアータや ピザなど




    わたしも、特別な日、自分のお誕生日にしか行かないのですべてのメニューを試したことがないのですが、その他も意識が飛びそうになるくらいおいしいです。
    できれば魚介類の使われたもの、お刺身のサラダや小坪産シラスのピザ、貝のガーリックライスを試してみてください。「これで一年頑張れるや」というエネルギーをもらえます。



    この日から使い始めたカメラをうまく使えず暗くなっちゃった…!ごめんねガーリックライス…!





    実はこんなにお料理が素晴らしいKatsu’sですが
    Katsu’sが素晴らしいのは、Katsu’sという空間の優しい空気と、ウェルカムな雰囲気をくださるスタッフの皆様と、お店の内装(飾られた絵画も好きです)、カトラリ、接客、サービス、すべての「一体感」と思います。私の語彙力で伝えきれないのが大変申し訳ないのですが、Katsu’sのエントランスから入るとそこは異空間です。不思議の国のアリスになった気持ちになります。










    デザートは季節で変わるかもしれませんが、クレームブリュレは食べておきましょう。

    年末はさくらんぼもありました(2024)





    Katsu’sのスタッフさんの「チーム」が大好きです。
    お会計が終わり、お店を出て振り返ると、スタッフの方皆様から笑顔をいただきました。それは子供がずっとあこがれていたスター選手と出会えた瞬間のような、あまりに眩しい笑顔×スタッフさんの数で、わたしはこんなに受け取ってしまっていいのかと恐れ多くなるほどでした。今思い出しても涙が出そうになります。













    行動していると、すてきな場や人に出会えることがあります。
    それは、自分が自分だったからこそ、だから出会えたものだと思います。
    わたしはKatsu’sに出会えた自分に感謝をしています。

    自己肯定感って、要はそうゆうことかもしれません。







    大好きだなぁKatsu’s。本当に本当に大好き。

  • 顎髭が好きです
    ペットに 「フトアゴヒゲ」トカゲ を飼うほどです

    ぼくは 太顎髭蜥蜴 の SOL




    でも 顎髭は 似合う人と 似合わない人がいて 似合う人には お似合いですね っていう事もある わたし個人の意見


    でもさ 「似合わない」とは どうゆうことなんなんだろうって 考えています





    例えば私は 自分に好きなものがあって もしそれが似合わなかったら どうしたらいいんだろうと思いました 他人の言うことは気にしないといえばそうなのですが やっぱり社会(そして、別の基準でわたし個人)が決める「似合う」と言うものがありそうだと思ったのです




    様になる って その人の「姿」になることかな
    その人の飾りなのか その人の一部になれているのか の違いかなぁ?












    でもさあ 好きなものがあったら
    似合いたいね だって好きなんだもの
    似合う自分になれるんじゃないかって思う








    あ!顎髭は自分に持てないものだから魅力的なのであって
    自分が顎髭欲しいわけじゃないです!笑
    オスとメスの不思議!


    ね!



  • お手紙をもらいました
    段ボールで送ってもらった底に 気づき忘れちゃうんじゃないかって思うくらいひっそりと




    危なかった 捨てちゃうところだった 見つけられてよかった









    私だったら
    お手紙書いたら読んで欲しいから
    段ボールの一番上に置くと思ったんだ
    でも
    底にあるのがよかった
    落ち葉みたいに 潜んでた







    手紙で 心が動いた


  • 12月にコロナウイルスに感染してしまい
    スキップした予定を精算するように過ごした年末年始


    実家のおチョコは たぬき🍫




    ペンを持って真っ白な紙と向き合っていた




    「私に何ができる?」













    立ち止まるってすごく怖いんだよ 作業をしていれば自動的に時間は流れていくんだから だから 自分を問うことって 勇気のある行動だと思うよ





    私は共著の本を書いたことがあるんだけど
    サイン入りの本が何冊もあるよ 私にファンはいない笑




    マグネットも作ったんだけど 売り方がわからなくてまだ放置してる
    ビールと違って腐らないからいいかぁ いつか売ってみよう






    どんな1年になるだろうね!

  • 箱根駅伝
    第101回目なのに「区間新記録」が出るのが本当にすごいことだと思う



    それは「超えている」ということ





    いつだって超えていけるんじゃない?

  • サーフィンのミニ試合に出ました
    結果は0点です


    サーフィンは 時間制限内のライディングの点数で競います
    ライディングをしないと点数は入りません



    つまり 0点とは
    「挑戦しなかった」ということを意味しています




    私は のびたくんのように0点を取ったことはこれまでの人生で一度もなかったので 0点という数字に激しく動揺しました しかもその理由が 自分がチャレンジさえしなかったから















    正直コンディションの悪い日でした
    どこどこいろんなところからくる波で
    大きいしカレントも早い




    私は恐怖のあまり 足がすくんで 沖でただ波を眺めることしかできなかった









    でも チャレンジしないというのは 何よりもダサいことに気が付きました
    ダサい自分を直視することは なんとも苦痛ではありますが それでも私は私を生きるしかないんだなぁ と思っています




    のびたくんは
    自己理解があるなぁ
    わたしも もっと自分を知りたいんだ

  • いまはカプセルホテルの下の段にいます
    明日は早朝からサーフィンだ 今年も寒い中やってみるよ



    あのさ さっき オリオン座を 撮ることができたんだ!





    Fっていうすうじを1.8くらいにして
    ISOっていうすうじを20000にして
    それでシャッタースピードを10くらいにしたんだ
    じっと動かずにさ 私も忍耐だ


    空にカメラをかざすと
    カメラがういぃ~んって
    一生懸命頑張ってくれるんだけど なかなかシャッター音を押させてくれなくてさ



    でもね
    電信柱をフレームの中に入れたら
    シャッターがおされるようになったんだ!
    電信柱になった気分で 動かずにすればよかったんだ
    またヒントをもらったよ







    カメラには
    たくさんボタンがあって
    押したらばくはつするボタンかもしれないから
    慎重にね



    カメラはおもしろいんだ







    写真を掲載するときに
    私は 見てくれるかなぁ と思う人が何人か浮かぶんだ
    わたしは ハートの威力を知っているの













    唐木さんって言う人がいたんだ
    見たことないから いないのかもしれない
    でも心にはいるんだ 不思議だね
     

    わたしは サーフィンをもっと上手になって
    どこかの海で 繋がっているかなぁ って思うことにするよ



    今日もなんかいいたい?

  • 神奈川県の 南の方に来て 新しい暮らしを始めました













    新しい人と出会い 新しいことを始めました














    今年も新しい 美味しい に出会いました













    好きなものに囲まれました













    海外は
    マレーシアに2回 オーストラリアに1回
    来年はもっともっと行きたいです









    トレーニングもしたね!






    来年もパワーアップしよう!

  • 昨日は
    人とのセッションが楽しいという話をしたけど
    モノとのセッションも楽しいです


    私は海にスマフォを持っていかないので
    唯一の写真がこれしかなかった ロングボーダーみたい



    2024年も昨日が波納め
    今年もよくサーフィンをしました




    サーフィンをしたことがある人にしかわからない感覚がある
    それは 波とのセッション



    波の時速と自分の速度が重なる瞬間があって
    私はこの波キャッチの時が一番好きだなぁ と思う
    波が「重なる」んだ 自分という小さな存在が 大きな大きな海と 一緒に止まるような感覚







    この感覚は 言葉ではうまく説明できなくて
    私はこの感覚を求めて また海へ行く



    年始は1月3日から始める予定だよ!