あの人はどこで何をしているだろう?
それが一人ずつ増えていくのが人生
そこから一人ずつ忘れていくのも人生
脳内登場人物の人数一定の法則

好意と同じくらい
敵意をもらうこともあるけど
Aさんに敵意もらった分
Bさんからの好意が増していく
気持ちの質量保存の法則
この世は法則があるのかもしれない
細かく細かく分解すると 細胞になってしまう人間
法則もあってないようなものさ
ね!

A quiet place where yeast breathes.
あの人はどこで何をしているだろう?
それが一人ずつ増えていくのが人生
そこから一人ずつ忘れていくのも人生
脳内登場人物の人数一定の法則

好意と同じくらい
敵意をもらうこともあるけど
Aさんに敵意もらった分
Bさんからの好意が増していく
気持ちの質量保存の法則
この世は法則があるのかもしれない
細かく細かく分解すると 細胞になってしまう人間
法則もあってないようなものさ
ね!

人に言えないことばかりです
特に こだわりの部分は 内緒にしていることがおおいです

じつは、わたしは、
なっとうごはんを クチポールのスプーンで食べるのが好きです
クチポールは納豆ご飯を食べるために生まれてきたのではないか と間違えそうになるほどにフィットしています
いま ポルトガルに住むの皆様を驚かせてしまったかもしれません!
(クチポールはポルトガルのカトラリーブランドです)
わたしが納豆ご飯を食べるのが下手であるところが出発点で
箸でかきこむ食べ方があんまりうまくありません
自分で言うのもなんだけど 納豆ご飯をスプーンでお上品に食べます
その際に そのスプーンは
クチポールのように横幅のある楕円である必要があります
たくさんのスプーンで試してきましたが(木製のとか)クチポールに勝るものはありませんでした
わたしは クチポールの魅力を 私なりに 知っています
あと 納豆ご飯をお上品に食べている(実際にはお上品でないかもしれないけど そうゆうふうに食べている)自分が好きです
和食は箸だ!という矢がたくさん飛んできそうです
日本には「正解」があるようです
正解を持つ人の正解に対して いつも心の中でごめんなさいと言います
わたしは クチポールで納豆ごはんを食べる
自分以外のこだわりの人にはまだ出会ったことがありません
だけど こだわりというのは すごく面白いもので
こだわりが一致した時の ひととひとの引きあう力はとても強いです
小学校のころ エビフライの横にあるパセリが捨てられていくのを見て 可哀そう と泣くような子供でした
ひとりで家族(親戚)全員のパセリを食べていました これまでの人生でわたしの目の前に出てきたパセリを残したことはありません(パセリ農家さん曰く 生産した95パーセントが飾りのパセリである と言われたことがあります)
ずっと 「いつか 1番好きな野菜と聞いて パセリ と言ってくれる人と 出会えたらいいのに」と思っているのだけど まだ出会えていません これから出会えるかもしれません
わたしは
クチポールの人に
納豆をもっと美味しくしてくれて本当にありがとう と言いたいです
Thanks for being with me!
誰のものでもなかった地球で「土地」を買って「持ち家」を建てて「ここは僕の場所だ!!!」とすること この仕組みを作り上げた人間たちはすごい

「所有」というのはおそろしいよ
誰かが作ったものと お金を交換する すると「自分のもの」になるんだ
例えば 高層マンションに住んでいる人が「空を買った」と想像する
人間は空を買うことができる 「ここは私の空!!!」
例えば本だったら
自分の言葉ではないのに(それは書いた人の言葉)
読んだ自分の言葉のような錯覚が起こってしまうことだってある 「それは私の言葉!」
人を所有してしまうことだってある 「私の彼!」
私は所有をできるだけせずに 感謝をして借りる
私は全て借りている 資源もお金も 他人の時間も
だからいつか返す予定だ 資源もお金も 自分の時間と一緒に
自分に時間を使ってくれる人がいる
どうして使ってくれたかはわかんないんだけど
私は ありがとう〜 と思って 私も自分の時間を使う これを恋と呼ぼう
Give, and then, Take.
私は借り暮らし 犬も飼えない 大型犬を飼いたいなぁ いつか
だからさ まずは 何か貸せるものはないかなぁって 色々考えてみるよ
先に借りちゃった時は うーん その時は ありがとうって後日返すね
朝6時ごろ
今朝のジョギング中に
サーフィン終わりの 海から上がってきた自転車に乗るおじさんとすれ違った

おはようございます というと
おじさんは満面の笑みで「今朝 人生で一番いい波に乗れたんだ!最高だよ!」と返してくれた
最高かよ 幸せを振りまけるということは その人がいかに純粋であるかを示していた 私は60歳くらいの人の人生最高の瞬間の話を聞かせてもらえた ラッキー通行人Aである
どんな人も輝くし おじさんも推されるんだ
みんな素敵なところがある
私はそう思う
おじさんの眩しさに 走りながら涙が出た

(本当は17キロが長くて泣いたのもある)
ちょっとだけお寿司のガリの話をする。

ある日 お寿司を食べに行った時のこと
私はお寿司を箸で食べた
だけど 一緒にいた人は お寿司を手で食べていた
お寿司を手で食べるのは テレビでしか見たことがなかった
私は お寿司を 手で食べてみたかったんだけど
勇気がなくて 手で食べることができなかった
箸の使い方にも自信がなくて ご飯が崩れた時のために 醤油のお皿を置いて 左手も添えた
私はお寿司を食べた お寿司に感謝をしながら
美味しかった
だけど 家に帰ってから お寿司を手で食べなかったことを後悔した
どうしても どうしても 手で食べてみたくなった
3連休の中日の今日 お寿司屋さんに向かった
私は 特上という文字を見て「給料日の後にしよう」と楽しみを先延ばしにしながら 上にぎりを頼んだ
お寿司は 手で食べることにした
びっくりしたんだ
お寿司を手で持つことの情報の多さに 私は泣きそうになった(すぐ泣く)
箸でつまんだ時に見てた ご飯の艶や ネタの厚さを 私の触覚センサーで感じた
それはこれまでのお寿司にごめんなさいと言わなければならないほどだった
お寿司を手で食べている人たちが なんで手で食べているのか理由がわかった
特にガリに驚いた
ガリを持った瞬間 柔らかさとしっとり感 大きさ 下のガリとくっついている粘着力(?) といった情報が手から脳に走る それはただの生姜だったもの ではなく 職人さんによりガリにされたものである
普段 私たちは スマートフォン 紙 ボールペン コップ 歯ブラシ 乾き切った無機質なものを持つことが多い
しかしながら お寿司という 目の前の職人さんの作ったもの(心のこもったもの)は 冷たくない
もしかしたら しっとりしているのかもしれない
私は自分の手でお寿司をもつまで そんなことにも気づかなかった
手を使おう もっと
手から得られる情報に 私は可能性を感じた
何事も経験 後悔したら やるのみ
それにしてもお寿司はすごいなぁ
お寿司を食べると すぐまたお寿司を食べたくなるなぁ
CHANELの402番 私の唇の色
唇の色を変えるために口紅を塗るんだと思うんだけど これは私の唇の色と同じ色で 塗っても何も変わらないということを気に入って買った

確か ドイツから日本に帰国する時のヘルシンキ空港で あまりに暇すぎて免税店をふらふらして買ったんだと思う あんまり覚えていないんだけど 少なくとも 私の人生初めての(そして今のところ最後の)CHANEL
新卒の頃 どんな機会だったか忘れてしまったが 尊敬する人を言わなきゃいけないタイミングがあった 同期が ココ・シャネル と言った どうして?と聞いたら 女の人がデニムを着られるような流行を作ったから と言われた 私は 女の人が昔はデニムを着られるような機会がなかったことも知らなかったし 同じ時代を生きていない人を尊敬する という気持ちを持てることも知らなかった 私は尊敬は対面して初めて生まれるようなものだと思っていたから
話を戻すと
塗っても変わらない(もしかしたらオシャレな人には気づくかもしれないけれど)CHANELの口紅は 「私の 私による 私がつけたいから」使うものであって 誰かに変化を気づいてほしいとか 見せびらかして自慢したいわけでもない 私は自分で遊んでいる
私がそうしたいから
わかってないのにわかったというひとがいます
でもそれは わかっていないのではなくて 人によって「わかった」と思う基準が異なることに気づきました!
1回でサーフィンの原理をわかってしまう人がいるかもしれないし
数年経ってようやくサーフィンの物理がわかってきてじわじわ楽しんでいる私のような人もいます
同じことを同じくらい理解する ってことがどれだけ難しいことか!
でも逆にさぁ
少ない言葉で
あるいは言葉がなくても
同じようなことを考えているとわかってしまう時や
同じところにいないし
世代も違うのに
なんか分かり合える人と出会えると
本当に嬉しいよね〜
犬飼いたいなぁ
逗子の花火大会は
毎年5月の終わりにあるんだ
早い夏の始まりが来るこの街が好き




花火が好きだな
音と光の届く差が
「距離」を見せてくれる
光が見えたら心の中で何秒か唱えるんだ
音速と光速の差から 花火と自分の距離を知る
人ってたまにさぁ
距離 を忘れちゃうんだ
距離があることが「関係」なのに
支配して同一化したり 縁が切れてあったはずのものがなくなる 離れたり近づいたりが恐ろしくなる 距離が怖くなる だけどね 距離があることって美しいことなんだ 距離があるから 長さを変えられる 2点あるから結べる

そして
花火は一瞬だから すぐ消えちゃうんだ
一発一発の 作品たち




私は素人だから
止まっているものの写真を撮る時は感じないんだけど
花火を撮るときは「もう同じ写真が撮れない」ってことが目に見えるんだ
同じ時間は戻ってこないってことだよ


花火大会のクライマックスも好きだな
「もうすぐ終わりだよ」と「もうすぐ終わっちゃいそうだ」のサイレントコミュニケーション 誰も何も言ってないんだけど みんなが感じていること
今年も夏が来たね!

日曜日 救急病棟
親しい人が倒れた
予兆が何もなかったから とってもびっくりした
救急車を呼ぼうか迷ったけど 少し迷った後に 私の運転で病院に連れて行った
担架が来て コロコロと運ばれて行った 病院の床がつるつるの理由がわかった
わたしは不安だった
明日は来るだろうか?と
ふと顔を上げると
耳の聞こえないおばあちゃんがいて
呼ばれていることに気づいてなかったから 受付に連れて行った
わたしは
わたしがおばあちゃんを助けたように
わたしのような人にわたしを助けてもらえるだろうか と考えてすぐにやめた
おばあちゃんが元気だといいなと思う
なんとか 元気になったよ
明日が来るだけで
こんなに嬉しいんだって
雨でも嵐でも
仕事でミスしても
ツルツルの地面で転んでも
明日が来たら 笑おう って思った
この前ね お友達とご飯に行った時に
センスは先天的に備わっているか?
後天的に得るものか?って話をしたんだ

私は(どこかで書いたかもしれないんだけど)
センスは生まれ持ったものであって 習得するものではなくて 内側の秘めていた感覚が開かれることと思っているんだ 例えば てんとう虫が歩く姿を美しいと思うのは私の感覚(センス) 私は「てんとう虫をかわいいと思う感覚を持っていた」
センスはいい・悪いというものではなくて
AさんはAさんの感覚(センス)を持っている
BさんはBさんのセンスを持っている
センスは人の数だけある、と思っているんだ
でもね センスは
努力でそれなりの所までいける
自分で変えられるもの っていう考え方に触れたんだ
例えばさ 一流のお料理をいただく機会があったら
その人は「みんながセンスのあると感じるもの」と自分の五感が触れることになるね
一流の料理に触れることで その人の感覚(センス)が鋭くなる
それは センスが磨かれる ということ
じゃあさぁ
私を好きになりたい人がいたとするよ
その人が 私を好きになりたくて 大嫌いなてんとう虫を無理やり美しいと思おうとしたら それはその人のセンスじゃなくなっちゃうと思ったんだ
自分でいるってこと 自分のセンスをもつこと
自分のセンスを人に説明することの難しさを知ったよ
ふふふ
センスが先天的か後天的かって話をしていたのに
センスって変わっていくねえって話になっていたんだ
また夏ごろ会う約束をしたよ!
とにかく
誰かにあなたのセンスが悪いって言われたとしたら
そんなことはないよ あなたのセンスだ
あなたが美しいものを美しいと思う素敵なセンス
毎月くる生理(45歳くらいまで続くみたい)が痛くてしょうがない。
生理痛が治る!とか言ってる本は一通り読んだし、食生活やヨガ、呼吸法みたいなやつまで試せるものは全部試した。それでも治らない。
痛み止め(解熱鎮痛薬)を飲んでしまうと、次の月の生理の痛みが2倍くらいになって(同量飲んでも効かなくなって)、どんどんoverdoseになっていくから、いつの日かやめた。
まぁ、体の一部(子宮内膜)が体外に出るんだから、多少の感覚はないと生理現象としておかしいか〜と思うようにしてる。
そうはいっても
生理は本当に辛い。
毎月爆弾が落ちてくる。
痛いことより辛いのは 「痛みが共有できないこと」だ。
どんなに 生理痛が辛くても 旦那にも彼氏にもお父さんにも伝えることはできないし
女友達やお母さん、保健室の先生とも痛さも比較も共有もできないのである。
痛さの閾値は人それぞれで、痛みへの耐性も個人差がある。
生理痛が痛すぎて(頭痛が痛いみたい)、産婦人科で痛み止めを処方されていた。飲まないと学校に行けなかった。私ヤッてないのになんで産婦人科に通うんだよ〜とも思ってたな。誰にも言えない痛みと戦っていた(いる)。
今、ようやく
人生みんなそうなんだろうな〜と、思うようになった。
みんな痛いのよ。みんなわかってもらえないのよ、それでも伝えるのよ。
で、わかってもらえないの。
だから「わかる〜」とか言わないようにしてる。
わたし、共感って愛じゃないと思うの。わからないことを理解して、わかることに努めずに、でも聞くことが愛なんだと思うの。
痛みは魅力に変わるんだよ きっとね わたしはそんな気がしてる
有名な言葉だけど No pain, no gain.

先月肩が外れまして、肩が痛い日々を送っています。
整体の先生に肩が痛いことを説明したいんだけど、
「ここ」と言ってもなかなかなかなか伝わらない。
整体の先生が悪いんじゃないの
わたしがわたしの体を、説明できないんだ
「このあたりが痛い」んだけど、
わたしはわたしの言葉と説明がフワッとしていることに気づく。
プロだからきっとわかってくれるだろうという自分の甘えが見えた。
わかってもらうことって本当に難しいんだよ
相手の理解は見えないんだ
でもさぁ
もしわたしをわかってくれちゃったら
きっとわたしは 好きになっちゃうだろうな〜単純だから

あのさぁ
気づいちゃったことがあるんだ

会社員には 限界があるんだ
寝ている時間以外
仕事のことを考えているんだ
ジムのワークアウト中も
海岸のジョギング中も 運転中も
ぼんやり「あれ どうしようっかなぁ」って
頭によぎるから考えるんだ
例えば私の年収が500万円だとしよう
1000万稼ぐためには 今の2倍働く必要があるね
でも 私には 「これ以上売る私の時間はない」って思ったんだ
魔法で 1日を48時間にするか 今の仕事を半分の時間でできるようになるだけど
どっちも無理そうなんだ 私にはその能力がないんだ
だからさ 私は 会社員で
「自分の時間」以外の商品を持たないと
もう会社に売れるものがないってことに気づいたんだ
新しい商品かぁ って考えているよ
サーフィンで
パドルを頑張ると揚力が生まれるんだ
私は 自分が「力」を生み出せることを知る
私も力を生み出せるんだ

サーフィンは沼だよ
二度と始まらなかった自分には戻れない
美しい物理の世界

女性用の下着って 女性が売ってるんだ
女性用の下着屋さんって
店員さんがほぼ女性なんだ のほうが言いたいことかもしれない
Paul Smithの男性下着は女性が売っているのに
なんでだろう?
あの女性ばかりの世界が苦手なんだ
不思議だなぁってずっと思っていたんだ
そうやってさ
下着を下着とするからさぁ
女性しか入れない空間にするから
変態!とか のび太さんのえっち!になるんだ
Calvin Kleinのお兄さんに
ワンサイズ下げたほうがいいと思うよ。
って言われて
信じたら当たってたんだよ
私は 信じてよかったぁと思ったのと
男性が女性用下着を売るのを 素敵だなぁと思った
この世界は
変なのーって思うことばっかりなんだよ
おかしいなぁと思うことには疑ってかかるのと
あの日のお兄さんのような人を信じるののバランスなんだ
私は 何かしっくりこないなぁ と いつも戦っているような気がする
ココアは練り物です
粉を溶かす飲み物ではなく
まず練りココアを作り 練りココアをみんなの知っているココアにしています
少量のお湯とココア粉をゆっくり練るとダマがないペーストができます
粉の塊ができないように丁寧に練られたココアは とても滑らかなMouthfeelです
とある喫茶店で「本物のココア」をいただいた時は感動しました
本物のココアを見た時
ココアは コーヒー(抽出液)よりも かまぼこ(練り物)に近いなぁ と思いました
「飲料」という雑なカテゴリの中に
「本物のココア」という新しいものを見つけた瞬間です
仲間のいない ひとりぼっちのココア 切り出されてしまった個性
本物のココアを教えてくれた方に
ココアは飲み物じゃなくて練り物ですねって言ったら
ははは、毎日練ってるよ! と言われました
とある喫茶店の店主と 私の秘密
「ココアは飲み物」の人がほとんどだから
「ココアは練り物」の人を見つけるのって大変なんだよ
私は誰かに「ココアは練り物なんだよ」を押し付ける気はなくて
世界のどこかで「ココアは練り物」と思っている仲間と出会えた時に そっとハグをする そんな日々です
Hereという映画をみたよ
https://here-movie.jp/
人生は本当に思い通りにはいかない
それが 人生の残酷さで 美しさだね
私は 私を生きるしかないんだよね〜って 思った
お給料は上がらないんだ
リチャードがどんなに会社に尽くしても
リチャードは自分のお給料を決めることができない
マーガレットが海外に行きたくても 自分のお家が欲しくても
娘のロースクールのために
あまりに現実で 苦しくて
平凡の中の 数々のドラマ
誰もが自分の人生の主人公だよ
The world is doing this to you.
わたしは常に、この言葉を心に持っています。
いいことも悪いことも、自分が意識して選択しているから起こったことだと思うのです。
何か起きた時、それがいいことでも悪いことでも、
私は、それはきっと私だから起こったんだ、と思います。
想像は自由だったね
目の前に大金があったら何をするだろう?
私とお話ししていたその人は 5000兆円と言いました
5000兆円なんてないよ
私はhahahaと言いました
でもお家に帰った後に
想像できないものは現実にならない って思いました
スポーツでも
仕事でも 恋愛でも
できると思ったことはできたなぁ と思いました
しばらく 無理だって決めつけちゃっていたことがあるなぁ
もう一回 やってみようって思ったんだ
ありがとう 5000兆円の人
地球って広いはずなのにさ なかなか一人になれないよね

一人にはなれないんだ 社会的生物だから
繋がりすぎるせいで 自分に意識が向かなくなる
不安だから 外の景色を見るために旅行に行ったり 誰かの書いた自己啓発本を読んだり SNS見たり 憧れを追いかけたりする とにかく外へ 外へ意識の向くように作られている社会だから
でもね ポートレート撮影には
自分自身に意識が向く時間があるよ
ポートレート撮影って「今」なの 今でしかない
どれだけ今を大事にしていなかったかってことに気づいたんだ
そんな稀有な経験が 他でできないから
ポートレート撮影っていいんだよ〜ってことを知ってもらいたいな

写真を見た時
あ 過去だ って思った
「あの時の今を 大事にした過去だ」って思ったの
そうゆう時間を積み重ねたいな これからも