会社のチャットツールで
三人称単数のsを忘れただけでへこむ人間だよ
高校最後の試合で
自分のサーブミスで負けたことを
何年も引きずるような人間

勝手にへこんで
誰も見てないのに
勝手に焦って
誰も期待していないのに
意外と
そんなものなのかもしれないね
A quiet place where yeast breathes.
会社のチャットツールで
三人称単数のsを忘れただけでへこむ人間だよ
高校最後の試合で
自分のサーブミスで負けたことを
何年も引きずるような人間

勝手にへこんで
誰も見てないのに
勝手に焦って
誰も期待していないのに
意外と
そんなものなのかもしれないね
自己紹介の文を考えるのに
半年くらい使った
しかも 納得がいっていない
何に納得がいっていないのかもわからない
しっくりくるのかもわからない
自分とは 何者だろうか
自己紹介が
簡単にできる人をすごいと思う
自分が一番わからなくて難しい
気難しくて めんどくさい
でもさ
だから「わたし」で生まれてきたんだよな
この「めんどうなわたし」は
わたし以外に 操縦できなかっただろう だって わたしも操縦できていないんだから
みんなの前で自己紹介
だいきらいだったな
自己紹介そのものがだいきらいだったかもしれないし 大好きな自己紹介なのに満足のいく自己紹介ができなくてその自分がだいきらいだったのかもしれないな
この世界は
自己紹介が上手な人が
なんだか上の方にいる気がする
上手(じょうず)だから上手(うわて)にいるんだ!
わたしも少し
練習しようか 知ってもらうために
あなたも紹介してよ あなたを
聞くよ?
誰かに紹介する前の 練習台でもいいよ
きのう 転んだ
コンクリートの上で
野球のホームベースに突っ込む野球少年のように転んだ
ジョギング中
暑かったからか
疲れていたからか
一瞬だけ「気」が抜けた
転ばないためには
一瞬も気を抜けない と思った
今日ジョギングをしている間
「転ばないように」と唱え続けた
暑くて疲れだすと 意識が少しだけぼんやりする中
「転ばないように」をできるだけ長く考えた
無事に転ばずに終わった いつもより「気」は疲れた
どうしてそこまでして走るの?
そう思う人もいるだろうか
特に 意味はない
実は 2キロ地点に
パイプの椅子に座りながら
タバコを吸っているおじいちゃんが
手を振ってくれるのです
手を振りかえすのが わたしの日課です
ここに引っ越してきて
一番最初にできた心のお友達です
パイプの椅子には
杖が立てかけられているので
おじいちゃんは走れないかもしれません
走るわたしに手を振ってくれることが
どれだけ優しい行為でしょうか
少なくとも 今のわたしには
「自分にできないことができる人に賞賛をおくること」はできても「これまでできていたことができなくなった時にそれを裕にこなす人に賞賛がおくれるだろうか」と考えると 少し難しいような気がします それだけ心は狭いのです
前の仕事で
「豊かな心」と何度も口にした
豊かな心は狭くない心?
今の仕事でも何度も
「豊かな社会」と口にして
「豊か」ってなんだろうと思う
さて「豊かさ」とは?
誰も議論していない
豊かさに定義がないから豊かという言葉が豊かであるのかもしれないと思いました
意味のないことに意味を見出すことよりも
意味のないことに夢中になれる才能の方が
わたしにはかっこいいことのように思えます
意味は無理につくるものではない
派手に転んでしまった
肌の表面を傷つけたら
身体が一生懸命回復を始めた
頼んでいないのに
お金も払っていないのに
勝手に 回復が始まった
ただの人間にしては 上出来な機能が備わっている と思った ありがたい
わたしは過去にお付き合いした人を否定することはあまりないんだけど
ひとつだけ
「ありがとう言いすぎると一回のありがたみが減るよ」という言葉に対しては違和感を覚えた ありがとうと思うことが世の中にありすぎるんだから仕方がないでしょう と思った 表面では「そっか じゃあ言わないようにする」と言った
嘘をつかないといけないのは疲れるね
But I need to protect myself.
ダイエットをしている人に 電動自転車じゃなくてマウンテンバイク乗りなよ とか
自転車好きなお年寄りに もうマウンテンバイクじゃなくて電動自転車乗りなよ とか
そんなことを言うのが
会話 なのだろうか
対話 なのだろうか
助言ってなんだろう
人は話すことで
何かを求めているのだろうか
自分で決められる人 軸がある人とは スタイルを貫いている人とはなんだろうか
怪我も自分で治せない
ケガが勝手に治る 自分のようで自分でないようで でも確かに自分 不思議な感じ
わたし元々は
「良いお客さん」
じゃなかったんだよ
パン屋さんが10時オープンなのを
なんで9時オープンじゃないんだろう
遅いなあ 早く開いてくれないかなぁ
と思っていたんだから
パン屋さんとお友達になって
パン屋さんの都合を考えることができた
それで初めて
あ
わたし
悪いお客さんだ
そう気づくことができた
全ての人のこと
考えなくていいからね
周りの大好きな人たちを
「自分なりに」大切にできればそれでいいんだ
だって人って
自分のこともよくわかっていないでしょう?
びっくりするよね この世界
だって どこに行っても 一人になれない
最後に一人になったのはいつだろう
最後に一人になれたのはいつだろう
えっと
わたしは
五年くらい前かな
そうそう
一人で和歌山の熊野古道を歩いたときだ

どこまで歩いてもひとり
これって遭難っていうのかな と思った
でもなぜか
こわくなかった
道が照らされていたから 迷わなかったんだ
真っ直ぐ道があると
こわくないんだよね
だって 道はあるから
歩くか歩かないかを決めるだけ
でも最近は
道がたくさんあって 困るね
それで
あなたが選んだ道が正解
なんて言われちゃうもんだから
これでいいのかな?が押し寄せる
道と書いて
勝手に 愛と読もう
選ぶと書いて
勝手に 愛すると読もう
これなら迷わない?
ゴールってね
ゴールじゃないんだ
ゴールに着くことって
必ずしも嬉しいことじゃないかもよ
途中下車して
乗り過ごして
折り返していこうね
突然だけど
殺めたことがあるんだ
小学生の頃
飼っていた金魚の水当番で
「かるきぬき」が
めんどくさくて
サボっちゃったんだ
確か友達と遊びたかったか
テレビを見たかったからだったと思う
次の日 もうその金魚はいなかった
すいどうすいにいれたそのとき
きんぎょが こっちをみたんだ
わたしは そのときのこうけいを いまだにおぼえてる
一生 忘れないだろう
人間が飲めても
お魚には毒なんだ
あれ?お魚ってさ
海のしょっぱいところに
いるんじゃなかったっけ?
それは海水魚っていうんだ
そこから「水」に興味を持った
私たちの体重の60%を占める
酸素と水素から成る化合物
地球を覆う
この不思議な要素に
虜になった
そして
大学で「化学」を選んだ
これで よかったのだろうか?
秘密基地もってる?
私が秘密基地を見つけたのは去年の3月
自分の家よりも落ち着く場所を見つけた
そこの店主は
「ひとつじゃないかもよ?」
と言った
それから私は
私の秘密基地探しをしている

このぷりんも
私にとって特別のぷりん
カットしているシェフの顔は
めちゃめちゃめちゃかっこいい
わたしは
笑顔より 真剣な顔に惹かれます
その真剣に見つめる目と手が好きです
そしてわたしは笑顔を提供します
よく知らないけど
笑顔を褒められるので
何かに役に立つかもしれません
おかおの
こうかんこをしましょう

今年はとってもいい夏だと思う。去年より暑く感じるし堕落してしまってどうしようもないけれど それでも「なんかいい」と思う夏。
そうか
去年の 今頃だった
一ヶ月毎日ブログを書いた
等身大だったから
自分の全部を書いたから有料にしたブログ
それが
Sense of wonder
https://note.com/gimachi27/m/m42fdee5432a9
今月もやってみる?
Sense of wonder 2
普段聴いている
イギリス人の
ポッドキャストで
ずっと
「ぽぱどむ or bread?」って言ってて
うーん、
ぽぱどむって何だろう?と思っていたら
インドの「パッパド」のことでした
私の専門領域ではないか!

西の魔女が死んだ という小説の中に出てくる言葉
「誤解が人生を彩る」
この言葉が 結構 好き
誤解していた時に
ごめんなさいは必要ないよ
誤解は起こるし起きるよ
誤解していた
たったそれだけのこと
謝っても
誤解していたことは 取り消せないね
文章を書くとは
誤解されにいく行為
だからこそ
せめて自分だけは
自分の言葉を

誤解されないように
ビクビクして書いている文章よりは
誤解されても
自分の書きたいことを書いている文の方が
文字が生き生きしているような気がします
今日も
いつも通りの
誤解し 誤解される日を
ただいま
「ルール」ばっかりの世の中
たまーに 嫌だなって思う
私なんて
「句点」が嫌いなんだ
「句点」を使うことが息苦しい
うまい切り方がわからないし
使われる句点に失礼だと思ってる
私に間違って使われてしまう句点
だから
私の文章には
句点がなくて 読みにくい
でもね 知ってるんだ
この世界は
「ルール」を上手に楽しめる人が
生き残ることができるのかもしれない
「ルール」があるから
スポーツがあって社会があって
人々の暮らしがある そうでしょう?
ルールを
作る人
守る人
壊す人
また作る人
また守る人
また壊す人
いつ終わるの?
自由な表現って なに?
私は
句点を使えないんじゃなくて
どうやら
使いたくないみたいだ
知らないことも
素晴らしいことだと思うんだ
だって知らないんだから
知らないから知らない人でいられる
知ってしまうと知らない人には戻れない
怠慢なわけではなくて
本当にそう思うんだ
知っているだけ
知っているふりをすることよりも
潔く知らないことの気持ちよさ
知りたいというパッションも
美しいと思わない?
どうせ知りきれないよ
ほとんどのことがわからぬまま死んでいってしまうんだから
だったら
知りたいことを知ろう
知らないことで
誰かを傷つけちゃったり
するかもしれないんだけど
知ってることで
傷つけちゃうこともあるから
あんまり気にしなくていいよ
とにかく「自分」を過ごす
気をつけていても思うようにいかないこともあるんだから
「思うようにいく」に期待しすぎてる時もあるね
起きた事象に対して
自分がどう対応するか
わたしにできることは それだけ
それだけを 積み重ねること
昨日のわたしよりいい感じになるよ
昨日のわたしも Not bad だけどね
今日も
良き今日になりますように
やっとまたここに戻ってこれた
わたしはこのわたし以外の誰かに届いてほしいようなでもどこかでは見せない方が良かったのではないかという不安定な発信に 自分の全力を注ぎたい、と思ってる
自分でも気づかないような着地点に行ったりするので 面白いのです
もっと自分のために生きたい
自分のやりたいことをやりたいようにやりたい
そうは思うんだけどね
なかなかうまくいかないことの方が多いよね
いつもわたしの頭によぎってしまうのは「有益かどうか」
恥ずかしいことに わたしの潜在意識で損得勘定があって 自分の表層的な感情でいくら「わたしはそんな人間じゃない」「人のために行動できる人間だ」と思い込んでも でも私の本当の真の姿はとってもエゴイストでマイペースでくだらないわたし
全然いい人じゃないんだと思うんだ
自分の脳の97%の 滅多に聞こえない 潜在意識 たまに見え隠れするのは あんまり好きじゃない自分 それでも そのわたしからは逃げることはできない
ねえ
思考に 深さってあるの?
本当に「思慮深さ」ってあるの?
わたしは思考は銀河のように大きく広がっているような気がしていて
「思考の深い人」のそれもそこまで大きいことじゃないんじゃないかと思う
人って そこまで 大きくは変わらないんじゃないか って思う
人と異なるわたしであることを望むほど
それに遠ざかるような気がして 怖かったりする
わたしは考えてるような顔をするのが得意で
考えていないことの方が多い
頭の中はゴミがいっぱいあって
一気に掃除機をかけられたらいいのにって思った
真っ白になったら わたしは何がほしいだろう?
「住む」ってどうゆうことだろう。
何をもって「住む」って言えるの?
わたしは「生活ができていたら」住むって言えると思っていて、生活とはまさに生きる活動のことで、生きる活動っていうのは文字通り自分の力で生きている状態を自分の行動で続けていくこと。
生きるっていうのは何も生存していることだけでなく、覇気があるとかエネルギーがあるとか生きる「活力」も持ち合わせてはじめて生活できているのではないか、と思うのです。
生かされている人が多い中で、やっぱり生きたいと思う
横浜から川崎に来て半年、
まだここに住めているという実感がなくて
わたしは確かに「住みたい」と思っている
いつか「住んでる」かな?
今日こそブログを書こうと決めて
でもその時間が作れなかったっていうことだけ残しておこうっと
ちょっと不調なのは
マスクが窮屈だから
同じことをするのが苦手なのに
同じことをしているから
できないことが
見えたから
忙しさを言い訳にして
できないことに目を向けるより
「今日」があったことに感謝を
土曜日にドミニカ人の先生
木曜日に日本人の先生から
ラテンダンスを習っています
身体に音楽が入ってくる感覚が
おもしろいくらい気持ちいいです
二人の先生の教え方が
ぜんぜん違うところもおもしろいです
日本の先生は
音楽なしで基本のステップから
細かく丁寧に教えてくださります
ドミニカの先生は
とりあえず音楽流して
Copy me!って感じです
どっちがいいとか
そうゆうのじゃないの
どっちもいいんだよ
どちらからも教わってるから
わたしは上達しているんだ
簡単だよ
教えてくれる人が変わらないなら
教わる方が変われば良いんだよ
教える方も変わるのは難しいんだよ
英語のわかる日本人でよかった
もっともっともっと世界を知りたい
おはよう
久しぶりに
ここに帰ってこれた
ただいま
忙しくなると
「じかん」ってやつは
すぐに飲み込まれてしまうんだ
お気に入りのレストランにも
久しく行けていない
自分でしっかり地に足つけていないと
足をすくわれちゃうね
会社の公式SNSを運用していて
「会社の顔」であることの責任を
毎朝 毎昼 毎晩 感じる
これさぁ
従業員がいる経営者さんって
すごいことしているね
わたしだったら
胃に穴が開いちゃうかも?
会社の公式Twitter
https://twitter.com/ChitoseGroup
最近始めたラジオ
https://stand.fm/channels/5fc37887c646546590dc2583
どちらも「わたし」なので
遊びに来てください
やりたいこと やってみる
自分の「やりたい」が
「やらなきゃ」に変わらない程度に
多分 ここに来れてないってことは
そっち頑張ってるってことだと思うから よかったらここで待っていてください
でもね わたし ここが一番好きだから
今日は おうちに帰ってこれたなぁ って感じでとても嬉しいです
シジュウカラが鳴いてる
気持ちのいい 川崎の火曜日の朝
会社のSNSの公式アカウントの運営
というお仕事を受けて10日が経過した
わたしは手を抜くことができないので
メインのお仕事をしている時か
寝ている時以外
ずっとTwitterのことを考えている
文字通り 四六時中
頭の中に水色の鳥が飛ぶ
最近は
創作の時間もご飯の時間も
ずっとネタ探しをしていて
あーこれは このままだと
違う人間になってしまいそうだ と思った
お笑いの方とか
作家さんって
こうゆう感じで
世の中を見ているのかしら?
今日もいいねがいただけなかったと
順調に傷つき
今日もフォローしていただけなかったと
順調にストレスを蓄積する
自分、だったらいかに楽だろうか
自分のアカウントだったら
わたしがなんと言われるのはいいけど
会社にはわたし以外の人がたくさんいるから
難しいよなあ ましてや新参者
でもねわたし 知ってるんだ
傷ついた人ほど 優しいってことを
そうでしょう?
暑そうな日差しを見ながら
部屋の中でそれを眺めた
快適な家がいいけど
窓から見る外の景色も大事だ
でも面白いのは
外から見える景色は
誰のものでもないこと
消えていく光も
わたしの家も
わたしのものじゃないね
借りていたんだった
わたしって 自分のもの 全然持っていないなぁ
いつまでも借りて生きていくんだろうな
29歳より30歳の方が確実に楽しいけど
理想の30歳じゃないことは確かだよ
理想の30代ってなんだろう?
わたしの尊敬する45から50代の人たちはみんな口を揃えていうんだ「30代は忙しかった」って言うんだ
わたし、暇なんだ 持て余してる 疲れ切ってたち上がれないなんてないもの
考え込んでしまう夜を過ごしているのはどうしてだろう? おうちの植物を枯らせちゃったから? それとも大切な友達に不幸なニュースがあったから? それとも肌が荒れているから? それとも それとも それとも
こわいくらいしずかな 23時の川崎